巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

信じること、生きること、愛すること

ひだまりの随想

出典 先日、お友だちが、バスルームにいた大きなクモをクモ掴みでつかまえ、きゃっきゃ乙女らしい笑い声をたてながら庭にかけこみ、クモを外に放ってあげるシーンを撮ったショートビデオを送ってくれました。明るく愛らしい彼女の内面の世界がきらきら輝き日…

非被造的な汝の朝明けの中で、汝を想い、待ち望む。

フォンゴムボー聖堂(出典) すべてが与えられ、苦悩は去った。 そして死も。 わが魂のなんと軽やかなこと。

「折衷的」越境は可能かな?ーー国境地帯での友との対話。【カトリック、正教、プロテスタント】

目次 正教会の結婚と避妊の教え 宣教の働きにおける福音主義について 「折衷的」であることをめぐって 理論と現実のギャップと不調和 「教会」を信じるか、あるいは懐疑主義か 過激派弁証家たちのレトリックに翻弄されないために 正教改宗の可能性と折衷性

主よ、よるべない幼子たちの命を守り、この子たち一人一人を憐れんでください。

出典 昨日、公立の子供病院の病棟で4才になるアフガン難民の男の子と話をしました。母親はすでに父親とこの子の元を去ってどこかに消え、病院にこの子を連れてきた父親も4-5日前に姿を消してしまったとのことでした。つまり、この子は捨て子になったので…

賛成するにしても反対するにしても相手の見解をできるだけ正確に理解する努力が必要だと思う。

これからもよろしくネ。(出典) 「なぜプロテスタント教会が必要なのか?(対ローマ・カトリック教会)」という記事を読ませていただきました。筆者の方はプロテスタント教会の教職者でいらっしゃいます。

ああ、翼にのり、深遠な御言葉の高みに昇ることができたならーー「主の祈り」の黙想(ニュッサの聖グレゴリウス、4世紀)

聖ソフィア大聖堂のイコン(出典) Πάτερ ἡμῶν ὁ ἐν τοῖς οὐρανοῖς· ἁγιασθήτω τὸ ὄνομά σου· ἐλθέτω ἡ βασιλεία σου· γενηθήτω τὸ θέλημά σου, ὡς ἐν οὐρανῷ καὶ ἐπὶ τῆς γῆς·(マタイの福音書6章9-10節)

静寂と沈黙のうちにあること

出典 マルコ1:35 さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。 寂しい所(εις ερημον τοπον): -人の住んでいない、人里離れた、荒涼たる、荒野、孤独な -a solitary place, an isolated place, a secluded…

砂漠の教父およびキリスト教史の中にみる共同体(by グレッグ・ゴードン)

聖アントニウス(251-356)出典 Greg Gordon, The Desert Fathers and Communities In Church History(拙訳) 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、主なるあなたの神を愛せよ。ルカ10:27 紀元303年、初代教会に対する、…

苦しんでいる魂へ(フランソワ・フェヌロン大司教の書簡)

フランソワ・フェヌロン大司教(François de Salignac de La Mothe-Fénelon dit Fénelon、1651 - 1715)出典 Francois de Salignac de La Mothe Fenelon, Let Go(抄訳) 親愛なる姉妹。現在通らされているあなたの苦しみについて、私がどれほど同情している…

迷い子仲間を見つけた。

迷い子たち 目次 ロフトン師の遍歴 あの方は『J 牧師』ではなく『J 神父』なのです! Nones(ノンズ) non-polemicalに、且つ、相手と向き合ってとことんディスカッションする

太陽も星も見えない日に。

・・第三の型の信仰は、周りの状況、感情、目に見える現象、人々、人間理性の一切が逆のことを言っているようにみえるただ中にあっても尚も、神と神のことばを信じます。

嗚呼、ビザンティン・カトリック教会!

〔前記事〕からの続きです。 出典 目次 御父のモナルキア ある神学生の苦悶の告白 友に電話し打ち明ける。 おわりに

友愛と孤高

出典 昨晩、仲の良い友人からメッセージが入りました。彼女は今、数週間にわたって、ある修道院でのリトリートに参加しており、数年間の探求と祈りの末、「私、ついにローマ・カトリックに改宗しつつあると思う。それは確実に起こると思う。」という厳かな決…

脱藩浪女(dappan wanderer)

杜若(かきつばた)の花が一面に咲いている。 ーー葛飾北斎、三河の八ツ橋の古図(出典) 現在の自分の信仰的立ち位置をどのように言い表せばよいのだろうと考えていて、ふいに「脱藩浪人」ならぬ「脱藩浪女(dappan wanderer)」という言葉を思いつき、心な…

倦まずたゆまず

丸山眞男文庫の資料群(出典) ETV特集で丸山眞男(1914-1996)の生涯を追ったドキュメンタリーを観ました。丸山眞男は戦後日本を代表する政治思想学者の一人です。*1 *1:ETV特集 丸山眞男と戦後日本 第二回 1996.11.19 - YouTube.

ディスカッションはできればonlineではなく、相手の人間と直に触れ合い交流する中で行ないたい。

先日、遠出し、ある方と数時間にわたりじっくり話し合う時を持ちました。そして帰り道につくづく思ったのです。「一人の人と話をするために往復何時間もかけ、一日が終わった。しかしそれはなんという濃密な時間だったことだろう」と。

「頭」と「心」の乖離をどうしたらいいのだろう?ーーデイブ・アームストロング師とテーラー・マーシャル師の論争を概観して

目次 デイブ・アームストロング師とテーラー・マーシャル師の意見の対立 調和のない二つの異なる声 忘れられない一言

測り知れない神の智慧(by ジョン・マクダフ)

出典 John MacDuff, The Wisdom of God(全訳) 「その英知は測りがたい。」詩篇147:5 神の御経綸は時になんと困惑をもよおすものでしょう!その不可解さを解こうとすればするほど、私たちは、自分にとって最も理に適う地上的解決の内にとにかく落ち着…

隠れた水晶ーーL姉との出会い

「人格への愛は、その絶えざる変化と分裂にもかかわらず、そこに同一性と統一性を観ることを意味する。愛は、客体化された世界を越えての突破と内的実存への侵入を意味する。客体は消え、『なんじ』は開かれる。」ベルジャーエフ

B神父様からのご返答

著書『どうしたらセキュラー(secular)にならないでいることができるか?ーーチャールズ・テーラーを読む』【ジェームス・K・A・スミス教授へのインタビュー】

A Conversation with James K. A. Smith, 2014(抄訳) インタビュアー:最近の新刊書についてお話ください。 ジェームス・K・A・スミス:『How (Not) To Be Secular: Reading Charles Taylor(どうしたらセキュラーにならないでいることができるか?ーー…

愛ゆえに、愛しているがゆえに。

「あら、ここはどこかしら?」 気がつくと、巡礼者は見知らぬ森の中に入り込んでいました。。。

キリストはへりくだって(♪ Christus factus est pro nobis)【グレゴリオ聖歌】

まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもた…

良き師の思い出

出典 以前の記事の中で少し触れましたが、私はこれまで正式な神学教育をほとんど受けてきていません。望んでいてもその機会に恵まれなかったためでしょうか、私は常に師に飢え渇き、訓育の場に飢え渇いていました。

いつまでも変わらない友情

出典 今朝、東方典礼カトリック教会の方から私宛てに批判の書き込みがあり、それによると、私は ‟真摯な求道者” を装いつつ、その実、(ローマのスキャンダルを騒ぎ立てる)ラジオ・ショーと実質変わらない「ローマ叩き」をしているとのことでした。

宗教改革の殉教者たちよ、私は汝らの裏切り者なのだろうか?

火あぶりにされるトーマス・クランマー(1556年3月21日)出典 殉教者たちの霊前にて おお、トーマス・クランマー。フェリクス・マンツ。ヤン・フス。ゲオルグ・ブラウロック。拷問台で悶絶し、カトリック教権の手によって惨殺された無数の名も無き信…

試練の祝福(by マザー・バジレア)

バジレア・シュリンク著『試練の祝福』より一部抜粋 荒れ野の道のり、困難な道、懲らしめの道、、、そのような時に私たちのだれが神を理解することができるでしょうか。私たちの心が叫びをあげます。「なぜ、このような道に導かれるのか。私はもうだめだ」と…

私の辿ってきた道ーーライサ・マリタンの信仰行程

Raïssa Oumansoff Maritain (1883-1960). ロシア生まれのユダヤ人カトリック女性思想家。十歳の時、家族と共にフランスに移住。ソルボンヌ大卒。哲学者ジャック・マリタンの妻。

教団内のフェミニズム問題、リベラル背教の問題に苦しむ教職者、信徒たちのための慰め、そして避難所ーー属人区カンタベリーの聖オーガスチン会衆

出典 1992年の女性の司祭按手容認という決議から、2014年の女性主教按手容認という決議に到る歳月の間、聖公会内の忠実な信仰者たちは孤立化と行き場のなさという二重の苦しみを味わってこられたと聞いています。

懺悔の涙

出典 中東圏クリスチャンたちのネット・フォーラムを観覧していましたところ、次のような話が交わされていました。