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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

信じること、生きること、愛すること

ある日の覚え書き

2テモテ4章7節 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、 I have fought a good fight, I have finished my course, τὸν καλὸν ἀγῶνα ἠγώνισμαι, τὸν δρόμον τετέλεκα, 戦う ―内なる、外なる信仰の純潔のために善戦したい。 ―でも、戦う相手やベクトル…

私がクリスチャンの教理論争史を愛しんでいる理由――Exclusive Psalmody Debateの事例から【キリスト礼拝の本質を考える】

私は、クリスチャンの教理論争史にとても興味があり、それらの文献を読むのが好きです。そして今日はみなさんに、私がなぜExclusive Psalmody Debate(礼拝時に詩篇歌だけを歌うべきか否かの論争)を愛しているのか、その理由をお分かち合いしたいと思います…

公正さ(fairness)についての省察――隣人をより良く知り、より深く愛していくために。

ゴスペルフラ現象についての記事でお話しましたように、私は先日、アメリカ人の宣教師の方から、現代英語のredeem「贖う」は、(聖書的・狭義の用法だけでなく)もっと広義な意味合いでも使われる動詞でもあるということを教わりました。 翻訳者として、これ…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑬ ディスペンセーション主義の朋友との対話のために(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) ディスペンセーション主義者との対話のために(STRATEGY FOR DIALOG WITH DISPENSATIONALISTS) ディスペンセーショ…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑫ いろいろな社会的要因(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) (訳者注:この章の中の小見出しは訳者によるものです。) 次に、ディスペンセーション主義のグループ内に存在する…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ② 「ディスペンセーション主義者と非ディスペンセーション主義者が、互いの意見に耳を傾け合う」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists,Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986, chapter 1 (目次はココです。) これまでディスペンセーション主義の正誤を明かそうと多くの著述がなされてきました。そういった弁証・反…

「聖書的」であることの意味について

「何かが『聖書的である』という時、それは一体どういう意味なのでしょう。私たちは『聖書的』という言葉を、記述的な意味(つまり、「聖書に見いだされるもの」)というよりも、「何を神様が望んでおられるか」という規範的な意味で使うことに慣れっこにな…

信仰と理性――キリスト教会に忍び寄るネオ・グノーシス主義を警戒しよう(by R・C・スプロール)

R.C. Sproul, Faith and Reason 現代のポストモダン文化にあって、私たちは古代グノーシス主義の驚くべき復興を目の当たりにしています。 古のグノーシス主義者たちがこの名で呼ばれていたのは、彼らが、「自分たちは、より優れた種類の知識(ギ:gnosis)を…

ラディカル・レズビアンからキリスト者へ――ロザリア・バターフィールド女史(元シラキューズ大英文科教授)の救いの証し

昨日、ロザリア姉妹のインタビューを聞き、その中で語られている彼女の力強く、真実な証しに感動しました。一人一人の人生の旅路において、主がどのように魂に介入し、ご自身を啓示してくださるのか、私たちはそのくすしき御業にただ賛美と感謝をささげるの…

懐疑と絶望に苦しむ者への慰め――ウィリアム・クーパーの生涯と信仰詩

新生した信仰者が懐疑や不可知論の沼に陥ることはあるのでしょうか。他の人の心や思考のかたちは目に見えないので客観的なことは何も言えませんが、私個人に関して言えば、そうだと告白せざるを得ません。この状態に陥ると魂は、必死の抵抗にも関わらず、う…

S兄の救いの証(イラク、20代前半)

私は、イラクのM市にあるスンニ派イスラム教家庭で生まれました。〔イスラム国に占拠される前までは〕M市には、イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒が共存しており、それぞれが、自分の信じる宗教こそ唯一の正しい宗教だと主張していました。私の小学校…

人生の目的は何であるか(三谷隆正)

三谷隆正(1889-1944) 問題の所在 新約聖書マルコ伝10章17-28節 人生の目的は何であるか。 これはすべての人生問題中での最大問題であります。然しこの問題は、生きた人間の問題であって死者の問題ではありません。死んでいる者は生きて居りません。…

知識と信仰(三谷隆正)

一 古代ギリシャの哲人が、「哲学は驚異に始まる」と言った。しかし驚異のうちに我を忘れて、恍惚として神羅万象を嘆美していたのでは、哲学は始まらない。それは詩の境地である。詩は我を忘れての嘆美である。 しかし哲学は我に帰っての省察でなければなら…

神への恐れ(J・グレシャム・メイチェン)

J・グレシャム・メイチェン (1881-1937) Gresham Machen, The Fear of God(全訳) 「また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。」(マタイ10:28) これはジョナサ…

キリスト教弁証の二つの目的(フランシス・A・シェーファー)

Francis A. Schaeffer, The God Who Is Thereより抄訳 キリスト教弁証には二つの目的がある。一つは擁護(defense)である。そして二番目は、それぞれ自分たちの置かれた世代が理解できる仕方でキリスト教のメッセージを伝えること(communicate Christianit…

時は短い。(ロバート・マクチェーン)

「神に近く生きなさい。そうすれば、永遠のリアリティーに比べ、他のあらゆる事がらが、あなたにとって些細なこととなっていきます。」Robert Murray M'Cheyne 「ロバート・マーレイ・マクチェーン説教集」より一部抜粋(引用元) 「時は縮まっています(the…

日本福音同盟(JEA)のみなさまへの公開レター【ジェンダー・フェミニズム問題および聖書信仰に関して】

主の御名を賛美いたします。私は福音派教会に通う一信仰者です。今日はみなさんに自分の心の内にあることをお分かち合いしたいと思い、ネット上ではありますが、このようにお手紙をしたためております。 さて、貴同盟のホームページの「女性委員会」のセクシ…

人を待っては何事も成らない。(内村鑑三)

緑蔭独語 今の人は、世論を作らなければ何事も成らないと思う。ゆえに彼らは世論を作るに汲々(きゅうきゅう)として日もまた足らない。しかしながら、昔より今日に至るまで、人類の大進歩にして世論となって成ったものはない。進歩は常に偉人が独りでなして…

墓のかなたを眺望しつつ(内村鑑三)

だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人が滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。わたしたちは、見えるもの…

信仰の鍛錬(三谷隆正)

エレミヤ20章7-13節 7 主よ。あなたが私を惑わしたので、私はあなたに惑わされました。あなたは私をつかみ、私を思いのままにしました。私は一日中、物笑いとなり、みなが私をあざけります。 8 私は、語るごとに、わめき、「暴虐だ。暴行だ。」と叫ば…

何はともあれ勇者たれ。(内村鑑三)

「また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。」(マタイ伝10:28) 何はともあれ勇者たれ。「否」と言わざるべからざる場合には「否」と言うべし。「しかり」と言わ…

私は何びとをもまねない。(内村鑑三)

私は何びとをもまねない。アウグスティヌスをも、ルターをも、ノックスをも、ウェスレーをも、ムーディーをも、その他、過去現在の何びとをもまねない。私は私自身である。 神は、私を特別の目的をもって造り、私を特別の位地に置き、私に特別の仕事を当てが…

人間性の悲劇(三谷隆正)

史家フライタークは、ルターの生涯を評して言う。「ルターの生涯もまた之を大観する時、すべての偉人のそれと同じように、全体として深刻なる悲劇的感銘を与える」と。 フライタークによれば、歴史的偉人にしてほぼその使命をつくすに近いだけの寿命を全うし…

娘が旅をつづけていると、

娘が旅をつづけていると 人づてに、「旧友の J が M 村に越してきたから そこを訪れるように」と知らせが入った。 そこで娘は足取りかるく、きびすを返し、 M村へつづく路をてくてく歩いて行った。 でも、行けども行けども、村は見えてこない。

人生に於いて一番貴い事(三谷隆正)

人生に於いて一番貴い事は、正直である事、誠実真摯、真理を追うて倦まないこと、自己一個に屈託しない事である。 道の為めの勇猛心、それにも勝って立派な力強い堂々たる偉観があらうか。 「もはや我活けるに非ず。キリスト我に在りて活けるなり。」さう謂…