巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

ユーカリスト(Eucharist)

第二バチカン公会議研究②ーーロマノ・アメリオ著『イオタ・ウヌム(Iota Unum)』(1985年)

ロマノ・アメリオ著『イオタ・ウヌム(Iota Unum)』(原著1985年にイタリア語で出版) Iota unum non praeteribit. Not one jot, nor one tittle shall pass away. (律法の中の一点一画でも決してすたれることはない。)マタイ5:18 目次 第1章ー…

「米国司教、教区の教導職にフェミニスト信徒女性を任命。」(リサ・ブーン記者)【ライフ・サイト紙】

「白人、中流階級、ローマ・カトリック、女性フェミニスト」と自らを呼ぶエレノア・W・ザウアース女史

「東京の司祭、信徒が跪いて聖体拝領することを禁じる」という報道ニュースを読んで

出典 「にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。」マタイ7:15 「最も印象的なことに、彼〔=悪魔〕には膝がなかったのです。跪くことができないことは、悪魔的なものの本質そのものとして著わされてい…

典礼における時間と空間(ヨーゼフ・ラッツィンガー著『典礼の精神』)【アド・オリエンテムの深遠なる意味】

アド・オリエンテム("to the East")。東の方角を向いて祈るのはなぜだろう? 写真 目次 第二部 典礼における時間と空間 第2章 聖なる場所ーー教会建築の意味 第3章 典礼における祭壇と祈りの方向性

「典礼の乱用によりカトリック教徒の信仰に深刻なダメージがもたらされている。」(シンディー・ウーデン記者)【カトリック・ヘラルド紙】

「彼らは教会の瓦解をはかる自分たちの計画を教会の外側ではなく、内側から実行に移すからです。したがって、危険はおよそ教会の血管ならびに心臓に存し、彼らが教会をより近しく知っているという事実自体により、一層確実に危害を及ぼすものとなっています。…

女性が司祭になることが不可能である根拠について(byドワイト・ロングネッカー神父)

女性司祭ーー存在論的奇形性(ontological disfigurement)及びキリスト論的歪曲(Christological distortion)という惨劇 (写真:Feminism and the Catholic Priesthood: What’s the Root of the Matter?) 目次 『カトリック教会のカテキズム』1577項…

ユーカリストの本質ーーミサの犠牲的性質に対するプロテスタント諸反論について(by ローレンス・フェインゴールド、ケンリック・グレンノン神学校)【その6】

全世界よ、震え慄け。天よ、歓喜せよ。生ける神の御子キリストが、司祭の両手の中に、祭壇の上に実在しておられる。ーーアッシジの聖フランチェスコ ミサの聖なる沈黙 目次 結語:祭司制と犠牲

フランシスコ教皇のために「道を備えた」人物ーーカルロ・マルティーニ枢機卿の思想と神学について(by ジュリア・メローニ記者)【グローバル性革命とザンクト・ガレン・マフィア】

入念な「地ならし」出典 (執筆:ジュリア・メローニ記者)拙訳

典礼という無尽蔵の源泉から生み出される聖性ーーハッケボルンの聖メヒティルト

ハッケボルンの聖メヒティルト(ドイツ名:Mechthild von Hackeborn, 1240/41年-1298/1299年 )ザクセンのベネディクト会修道女。学問、知性、人文的書物に関する知識、すばらしく優しい声をもつ彼女は「神の小夜鳴鳥(ナイチンゲール)」と呼ばれていました…

ミサの「犠牲的性質」と「アド・オリエンテム(Ad Orientem)」の間の深く密接な関係を知り感動!

典礼の一つ一つに込められた意味。 プロテスタント時代から私は、「なぜステージに立つ私たち賛美チームは十字架の方向を向かないで会衆の方を向いているのだろう?プレイズ&ワーシップの空間がコンサートやショーにならないためにも、本来なら奉仕者も含め…

ユーカリストの本質ーーミサの犠牲的性質に対するプロテスタント諸反論について(by ローレンス・フェインゴールド、ケンリック・グレンノン神学校)【その5】

目次 ④「ミサの犠牲はカルバリーから私たちの注意を逸らす」という反論について 回答1ーー御父は私たちの参与(participation)を望んでおられる 代償(substitution)と、参与(participation)それぞれの見方について 回答2ーー人間の状況 回答3ーー「…

教会の生ける聖像(icon)ーークリスチャン・ベールの神学的重要性について

出典 The Theological Significance of the Christian Veil(カトリックサイトVeils by Lilyより拙訳)

ユーカリストの本質ーーミサの犠牲的性質に対するプロテスタント諸反論について(by ローレンス・フェインゴールド、ケンリック・グレンノン神学校)【その4】

ミサの「何が」変わったのだろうか?そして何が不変なのだろうか?(出典) ある論者たちが指摘しているように、この変化の背後には、「ミサの犠牲的性質」に対する認識の薄まり、及び、犠牲を否定するプロテスタント見解への「譲歩(or 妥協?)」があるの…

ユーカリストの本質ーーミサの犠牲的性質に対するプロテスタント諸反論について(by ローレンス・フェインゴールド、ケンリック・グレンノン神学校)【その3】

出典 Dr. Larence Feingold, Association of Hebrew Catholics Lecture Series, The Mystery of Israel and the Church, Fall 2016-Series 18, On the Eucharist, Part 2. Talk # 2. Protestant Objections to the Sacrificial Nature of the Mass. (拙訳)…

ユーカリストの本質ーーミサの犠牲的性質に対するプロテスタント諸反論について(by ローレンス・フェインゴールド、ケンリック・グレンノン神学校)【その2】

出典 【その1】はココです。 目次 ミサの犠牲に対するルター及びカルヴァンの諸反論 ①サクラメントの定義からの議論 ルター見解に対するカトリック側の応答 聖化の二つの要素 「上昇」「下降」その両方向に働く、全き仲介者キリスト 「すべてのサクラメント…

ユーカリストの本質ーーミサの犠牲的性質に対するプロテスタント諸反論について(by ローレンス・フェインゴールド、ケンリック・グレンノン神学校)【その1】

聖パウロ教会での荘厳ミサ、マルタ共和国(出典) 目次 本シリーズの総目次 執筆者について ルターのミサ理解 「ミサこそ、教皇制の要塞である」

剥がされた神秘ーーなぜカトリック女性のベール不着用により「パンドラの箱」が開かれてしまうのかについて

「キリストの実在ーー。それゆえに私たちはベールを被ります。」カトリック・サイトVeils by Lilyより 目次 はじめに シンボル観 祈りのベールを実践し始め、自分の内に起された変化 対等主義から相補主義への移行 バプテスマやユーカリストにおける「シンボ…

私の辿ってきた道ーージョセフ・ジョンソン師の信仰行程

目次 バプテスト信者の家庭に生まれる カリスマ派の教会へ移る 深みに漕ぎ出すーーユダヤ的キリスト教との出会い 魂の暗夜ーーブルトマン、ティリッヒ、バルトへ 再び深みへ漕ぎ出すーー宗教改革そして改革派信仰へ キリスト教学校の教師として 長老教会の牧…

教会と、2世紀におけるグノーシス主義者たち(by ブライアン・クロス、マウント・マースィー大学)

自分で決定した正典(カノン)を披露するマルキオン(出典) 目次 はじめに ケリントス、マルキオン、ヴァレンティヌス、ケルド等はいかなる人物であったのか? グノーシス主義者たちは何を教えていたのか? 教会的含意(One Ecclesial Implication)

イグナティオスによるスミルナ人への手紙【AD2世紀前半】第2-8章

ローマにあるカタコンベ壁画(communion;Catacomb of Marcellinus and Peter, Rome、出典) 目次 第2章 キリストの真の受難 第3章 キリストは復活後、肉体を有しておられた 第4章 こういった異端者たちを警戒しなさい 第5章 彼らの危険な誤謬 第6章 キ…

私の辿ってきた道ーージョン・キンケード師の信仰行程

目次 大学時代、再びキリスト教信仰に戻る 改革派的信仰を受容 ジュネーブ大へ転学 カベナント神学校にて デューク大学院へ 最大の発見ーーユーカリスト おわりに

聖体と教会的ドケティズム(ecclesial docetism)について(by ブライアン・クロス、マウント・マースィー大学)

「あらゆる善の中でも至高善である『一致』が、あなたにとっての最大の関心となるよう専心しなさい。」ーーアンティオケの聖イグナティオス(『聖ポリュカルポスへの手紙』2世紀) "The Institution of the Eucharist" Nicolas Poussin (1594-1665) 目次 初…

「ヘブル的視点」の兄弟と「非ヘブル的視点」の兄弟の永遠の和解と再会の場所ーーユーカリストのヘブル的ルーツについて(by ブラント・ピーター、カトリック教会)

全能なる神が、伝統的キリスト教会の中にすでに「恒久的に」ヘブル的ルーツを植えてくださっているため、「回復」のための新運動自体がそもそも必要ないという事実は、私たちキリスト者にとって喜びと慰めに満ちた知らせではないでしょうか。こうして私たち…

私の活動は「問題を解決するもの」なのだろうか。それとも現行のこの在り方自体が意図せずして「問題の一部」となってしまっているのだろうか?

出典 目次 保守改革派内における三つの被り物見解 二つのハードル ①シンボルと物質に関するプロテスタント見解のばらつき ②教父たちの証言(聖伝)に訴えることができない 賛否双方の立場から 類似の事例ーー異端・カルト対策に取り組む個人や団体の働きにつ…

聖なるコイノニアーー聖餐の神秘

「ネヴィンとシャフは、ユーカリスト(聖餐)におけるキリストの実在を是認していましたが、彼らはこの実在が意味する、より深遠なる教会論的重要性を把握することができずにいたと思います。教会というのは根源的に言って、ユーカリスト的共同体です。

「高教会的」カルヴィニズムは可能か?ーーフィリップ・シャフ、ジョン・ネヴィンのマーサーズバーグ神学の試みに対する東方正教会の批評

ジャン・カルヴァン(出典) 目次 マーサーズバーグ神学に対する新たなる関心と復興 オランダ改革派とドイツ改革派の性格の違い マーサーズバーグ神学の特徴 聖餐における実在の教義の回復 低教会プロテスタンティズムに対する矯正 ネヴィンの当惑 行き過ぎ…

宗教改革ーー「もしもあの時、、、」(by ピーター・J・ライトハート)

聖餐における聖書解釈で意見を違わせるルターとツヴィングリ(マールブルク会談、1529年) 目次 はじめに ーー「もしもあの時、、」 形成、粉砕、そして再形成 内部分裂 弁論術 信仰告白主義化 宗教改革の二つのEnd

ユーカリストに召されて(by ピーター・J・ライトハート)

目次 はじめに 文化的な産物としてのパンと葡萄酒 共有された祝祭(shared festivity)としてのユーカリスト

置き換えられた「サクラメント」ーー元賛美リーダーによる過去30年の振り返りと自省の記録

出典 目次 置き換えられた「サクラメント」(by レス・ラムキン) ユーカリスト的に機能するプレイズ&ワーシップ?? 教会の中に生じた「好み文化」 ワーシップ・ソングとロックンロールーー感情の ‟質” は違うのだろうか? もしも過去に戻ることができるの…

なぜ若者たちは伝統的 Liturgy を求めているのか?(by グレーシー・オームステッド)

Liturgy(典礼、礼拝、聖体礼儀)出典 目次 伝統諸教会に向かう若者たちーーポストモダン時代の根幹 バート・ギングリッジの場合 ジェッセ・コーンの場合 ジェイソン・スティールマンの場合 困難を伴う決断 プロテスタント諸教会の対応 サクラメント的なもの…