巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

ポスト近代とキリスト教世界観

「事実」が理論を造るのだろうか、それとも理論が「事実」を造るのだろうか?

18世紀啓蒙主義時代のヨーロッパ(出典) 目次 理論が「事実」を造る 科学的事実の理論依存性 ゲシュタルト変換 主観の側の変化 理論系の変化と複式構造 個人と原子

教理的シフトゆえに牧師廃業に追い込まれた ‟落伍者” に注がれている主の憐れみーージェイソン・スティールマンの霊的旅路

出典 目次 はじめに カルバリーチャペルの宣教師として カルバリーからウェストミンスターへ いまいましい論文に出くわすーー「聖書のみ」の教理に対する挑戦を受けて ソラ・フィデ(「信仰のみ」)ーーここだけは何としてでも死守したかった、、だが、、、…

‟純粋なるニヒリスト”なるものは存在しない。ーー荒涼としたウッディ・アレンの展望について(by ロバート・バロン神父)

ウッディ・アレン(Woody Allen,1935-)*1 目次 「われわれは、神なき、目的なき世界に生きている。」 「緩衝材で覆われた自我」と「多孔質の自我」 美 モラリティー ウッディ・アレンの拒絶 *1:ウッディ・アレン:アメリカ合衆国の映画監督、俳優、脚本家、…

公同性(catholicity)を追及しながらもプロテスタント(改革派)の伝統内にとどまり続ける道はありますか?【カルヴァン大学のジェームス・K・A・スミス教授に質問してみました!】

St Clement’s Church, Roghadal, Isle of Harris(ゲール語、詩篇歌、16世紀宗教改革、スコットランド、ジョン・ノックス、清教徒)出典 ポスト原理主義者である若いエヴァンジェリカルの若者たちの前には現在、大きく分けて二つの道が開かれている、とジ…

テキスト解釈における「疎隔」の機能ーーリクールとガダマーの出会い(久米博氏、一橋大学論叢)

ハンス・ゲオルグ・ガダマー(1900-2002) 目次 1.テキスト解釈の問題 2.ガダマ一における「疎隔」の概念 3.リクールの解釈理論における「疎隔」の機能 ディスクールとしての言語表現 作品としてのディスクール パロールとエクリチュールの関係 テキスト…

私の辿ってきた道ーージェームス・K・A・スミス師の証し(カルヴァン大学)【悩める学生の皆さんへの応援記事】

ジェームス・K・A・スミス(1970~)。カルヴァン大学哲学科教授。 目次 予期せぬ出会いと目ざめ 信仰の入り口ーープリマス・ブラザレンの教会 自分たちのセクターもまた一つの ‟伝統” であることに対する気づき 直接性による解釈(hermeneutics of imme…

大学が ‟デイケア託児所” に様変わりする時ーー高等教育機関に忍び寄る「セーフ・スペース」文化

アフリカ系アメリカ人であるジェームズ・サイダニウス教授(ハーバード大学)は、「セーフ・スペースをマイノリティー学生に提供することは彼らにとって却って有害である」と述べています。(情報源)

「オプショナルな正統性」の辿る不幸なる運命(by リチャード・J・ノイハウス)

目次 正統性がオプショナルなものとなる時 非オプショナルな正統性 アイデンティティーが切り札

「寛容」という名の「非寛容」(D・A・カーソン、トリニティー神学校)

「寛容」という名の「非寛容」、、そして暴力ーー政治的コレクトネスと大学(出典) 目次 変わりつつある「寛容」の概念 定義の変遷 どちらの意味での「寛容」? 養われ育まれるべきもの まとめ

開くのは、再びそれを閉じるためーー「オープンマインド」について(G・K・チェスタートン)

ただ単にオープンマインドであるだけでは全く意味がない。精神をオープンにするのは、ーー口を開けるのと同様ーーなにか堅固なものの上にあって再びそれを閉じるためである。そうでなければ、「オープンマインド」とは所詮、なんでもかんでもこれ一様に取り…

〈保守〉と〈プログレッシブ〉ーーG・K・チェスタートン

G.K. Chesterton (1874-1936) 現代世界全体が、〈保守〉と〈プログレッシブ〉に分割されている。プログレッシブ派の仕事は、次から次に間違いを犯していくこと。保守派の仕事は、間違いが正されていくことを阻むことである。 ーG・K・チェスタートン

統一教会の「平和」、フェミニスト神学の「平等」ーー定義のないあいまい用語と敵のほくそ笑み

人はいろいろな意味合いで「平和」という用語を使っている。写真:Heavenly Culture, World Peace, Restoration of Light*1 目次 統一教会の方の訪問を受ける 「一つの理想的な平和世界」 定義づけのない言葉 「神学的リベラリズム」と「用語におけるあいま…

ドグマ、懐疑、モダニティー、そしてゲットー神学ーーある信仰者の精神の軌跡

出典 Fr. Aidan Kimel, Dogma, Doubt, Modernity and Ghetto Theology(抄訳) 先月、ピーター・エンズは「経験はわれわれに、ラディカルに非ドグマチックであれと教える」という論文*1を発刊しました。このタイトルを読んでまず私は「おお、〔このような言…

聖書批評学の変遷(聖書神学舎 津村俊夫師)

ポスト構造主義 目次 聖書批評学の変遷 1.通時論から共時論へのシフト 2.歴史的事実(史実)に対する不可知論 3.著者よりも読者にフォーカス 聖書神学舎教師会〔編〕『聖書信仰とその諸問題』聖書信仰と批評学、p.82-86.(執筆者:津村俊夫師、ウガリ…

智慧から認識論へーーいかにして「人間精神」と「世界」との間のつながりが絶たれていったのか?(by ジェン・ズィンマーマン、トリニティー・ウェスタン大 解釈学)

自分は、、この世界、そして他者とどのようにつながっているのだろう。。(出典) 目次 智慧から認識論へ 解釈の衝突 基礎づけ主義の誕生 教化から証明へ 精神と世界の分離 ルネ・デカルト 合理主義 伝統からの理性の独立 影響その① 影響その② 深い裂け目が…

しかし自分もまた「時代の子」であるという事実を深く心に留めたい。(前回の記事の追記です)

出典 もしも主が私の助けでなかったなら、私のたましいはただちに沈黙のうちに住んだことでしょう。もしも私が、「私の足はよろけています。」と言ったとすれば、主よ、あなたの恵みが私をささえてくださいますように。詩篇94:17-18

やがて完成する聖書的「神の国」と対等主義的ユートピア「ファランステール」は同一のものでしょうか?

ユートピア社会 Utopia(Nowhere land)=ギリシャ語の οὐ (ou, 無い)と τόπος (topos, 場所) を組み合わせた語で「どこにも無い場所」が原義。現実には決して存在しない理想郷のことを指す。

道を求める魂とキリスト教弁証

その道を歩み、魂に安らぎを得よ。エレミヤ6:16 カトリックの弁証家であるロバート・バロン神父の講義「無神論と‟神”という語の意味」を聴きました。これは、クリストファー・ヒッチェンズやリチャード・ドーキンズ等、世俗主義ファンダメンタリスト(New…

私たちが解釈(hermeneutics)をする上で是非とも知っておきたいこと(by ジェン・ズィンマーマン、トリニティー・ウェスタン大学)

目次 1. Hermeneutics(解釈学)という語はどこから来たのか? 2.今日、hermeneutics(解釈学)は何を意味しているのか? 3.知覚の性質 4.知識というのは関心によって突き動かされている(interest-driven) 5.地平の融合(fusion of horizons) …

「個」から「公同性」へのちいさな一歩を踏み出したい。

使徒たちがいて、聖徒たちがいて、そこに時空を超えた公同の交わりがある。(出典) インターネットの普及により、私たちは世界中のさまざまな聖書教師たちのHPを訪問し、そこから御言葉の教えや霊的糧を得ることができるようになりました。 「うん、この先…

想像の二項対立図?ーーハイブリッド型オーソドクシーによる西方批判について考えたこと

ダイコトミー(出典) 福音主義から東方正教会に転向された欧米圏の元牧師や神学者の方々の文章を読んだり、直接的に意見をお伺いする中で、私にとり、以下のような点がより明らかになってきました。 それは、(彼らの文脈における)「東方」ならびに「西方…

あなたの葛藤は尊いものーー点在の世界に統一性を見い出そうとする人間の知的欣求について(by エスター・ミーク)

執筆者:エスター・L・ミーク。ペンシルベニア州ジュネーブ大学哲学科教授。ヴァン・ティル学派の前提主義、ジョン・フレームの多元遠近法(multiperspectivalism)及び、マイケル・ポランニーの暗黙知(tacit knowledge)をベースに、契約主義キリスト教認…

キリスト教とギリシャ文化/哲学を私たちはどのように考え、どのように識別してゆけばよいのだろう?ーーA・ハルナック「ヘレニズム化説」に関する考察(by バルナバ・アスプレイ、ケンブリッジ大学)

殉教者ユスティノス著『ユダヤ人トリュフォンとの対話』(2世紀):ユスティノスとヘレニズム・ユダヤ教徒トリュフォンとが、旧約聖書の様々な箇所の解釈をめぐって交わす論争を対話篇の形で述べたもので、その序文は、プラトン主義者であったユスティノス…

なぜ正教改宗後13年して再び福音主義に戻る決断をしたのかーー水面下で着実に進行しつつある正教リベラル化に直面して(by E・パーソン、保守聖公会)

出典 目次 東方正教会に転向していく福音主義クリスチャンたち 忍び寄るリベラリズム エピスコパル化(監督制主義化)現象 関連記事のご紹介

「改宗させる」使命以上に、羊の「なぜ」に共に取り組んでくれる牧者を求めて

たくさんのお店(出典) 目次 「あなたは今、惑わしの中にいます。」 「シンプルに信ぜよ」とはどういう意味だろう? ある意味「お店は一つではない」という現代の厳しいリアリティーを分かってほしい。 「改宗」のお手伝いをするとはどういうことだろう? …

福音主義が直面している三重の脅威(by ロバート・アラカキ、東方正教会)

出典 執筆者:Robert K. Arakaki, ハワイ生まれ。ゴードン・コーンウェル神学大(M.Div.)、バークレーGraduate Theological Union(Ph.D.)。教役者として所属教団United Church of Christの急速なリベラル化傾斜に必死に抗す。激しい苦悶の末、新教内部で…

「個」という自由、そして「個」という監獄ーープロテスタンティズムと聖書解釈

「最終的に大切なのは、どの宗派/教派の教会が正しいのかではなく、各個人が神の前にいかにあるかということである。」 私はこれまで上記のような教会論に希望を託してきました。そして現在でもこういった意見は妥当なのではないかと思っています。しかし最…

転向すべきか留まるべきか?ーー私が東方正教会に接近しながらも結局「越境」には至らなかった理由【あるプロテスタント教会牧師の葛藤と内的相剋の記録】

「〈堅実〉という名の頑迷/錯誤があり、そうかと思えば〈柔軟〉という名の迎合/狡猾もある。この世界で信仰者として生きるっていろいろむずかしいね。」 「うん。そうだね。ボクたちどうしたらいいんだろね。」(出典) 目次 ある著書との出会い 正教の信…

安定しない魂、揺らぐ世界、そして堅固なる岩

出典 人は誰しも自分の住む世界や関係性に安定を求めているのではないかと思います。 しかし悲しいかな、人生にはしばしそれとは逆のことが起こります。安定せずガタガタいう椅子、心もとなく空を漂う浮き雲。きしみ、揺れる大地ーー。万全を期し、事前対策…

条件性という風鈴

風鈴(出典) 頑丈だと思っていた要塞やダムがーー神学的ダムがーー過去のある時点で崩れはじめた。内部崩壊。あっけないほど悲しいほど簡単にいろいろなものが流されていく。かつて何を基にあれほどの自信と「確信」を持てていたのだろう。 ああ、無知より…