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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

ブログ内の用語説明・定義

「字義的」それとも「文字通り」?――"Literal "という用語に関する本ブログの方針について(私の試験的な試みです♡)

現在、"literal"の訳語である「字義的」「文字通り」という言葉をめぐり、福音主義界でかなりの混乱と意思疎通の行き違いが起こっています。 ある方々は、「"Literal"な解釈」というフレーズを文法的・歴史的解釈と同義語的に使っています。あるいはそういう…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑲「予型(よけい)について」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「ねえ、予型(よけい)ってナニ?」 「う~ん、そうだね。旧約聖書のいろんなところにイエスさまや教会のことがね、宝のようにちりばめられ、暗示されている。そういうかくされた宝のひとつひとつを予型っていうのかもしれない。」 「それじゃあ、聖書は、…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑯ 聖書の「字義的」解釈とは何でしょうか?【後篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Jam Session:〔特にジャズの〕ジャムセッション、即興の演奏会(情報源) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 【前篇】からのつづきです。 字義性を定義…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑮ 聖書の「字義的」解釈とは何でしょうか?【前篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 「字義的」解釈とは何でしょうか?(WHAT IS “LITERAL” INTERPRETATION?) それでは「字義的」聖書解釈についてご一…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑭ 「1コリント15:52の終わりのラッパについて」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 終わりのラッパ(THE LAST TRUMPET) 「字義的(“literal”)」解釈原則という極めて重要な課題に取り組む前に、いく…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑧ 契約主義神学の中でのいくつかの進展(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「ねぇ、ぼくのヒヨコさん、各時代間における『有機的なつながり』ってなんだろね?」(情報源) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) それでは本章では…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ③ 用語定義・聖書の歴史的形態・ジョン・N・ダービーについて(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986, chapter 1 (目次はココです。) 「ディスペンセーション主義者」という用語について(THE TERM “DISPENSATIONALIST”) 「ディスペンセー…

「聖書的」であることの意味について

「何かが『聖書的である』という時、それは一体どういう意味なのでしょう。私たちは『聖書的』という言葉を、記述的な意味(つまり、「聖書に見いだされるもの」)というよりも、「何を神様が望んでおられるか」という規範的な意味で使うことに慣れっこにな…

教会の性質と目的――「教会」と「イスラエル」について(by ウェイン・グルーデム)

Wayne Grudem, Systematic Theology, Chapter 44. The Church: Its Nature, Its Marks, and Its Purposes, p. 859-863 抄訳(小見出しはブログ管理人によるものです。) 教会とイスラエル(The Church and Israel) イスラエルと教会の関係について、福音主…

ブログ内の用語説明・定義――相補主義と対等主義について

相補主義(Complementarianism): 男性と女性は、本質的に同等な存在であると同時に、機能・役割において異なり、両者はお互いを補い合うために神によって造られたと捉えるキリスト教の立場。 男女は、「存在論的に同等、機能的に異なる存在(Ontologically…

用語の「ひとり歩き」に注意したい

少し前に、伝統教会系のカルト化した某団体からやっとの思いで脱出することのできたある姉妹から連絡をいただきました。 実際に中に入ってみなければ分からない内部の実態や魂を監督する「牧者」からのメンバーに対する巧妙な心理的操作などに、なにかホラー…