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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

ディダケー(12使徒の遺訓:Διδαχή των Δώδεκα Αποστόλων)第1章 いのちの道①

ディダケー(十二使徒の遺訓、コイネーギリシア語: Διδαχή)は、「教え」を意味する、初期キリスト教の文書です。 十二使徒の教えと伝えられていますが、多くの学者によって1世紀後半から2世紀初頭に成立した文書と考えられています。(参照:ココ) ギリ…

ローマ帝国の迫害とクリスチャン殉教者の信仰【後篇】

〔前篇〕からの続きです。 ディオクレティアヌス帝治下における迫害 さて、教会はローマ帝国による最後の大迫害に直面した。神は摂理的配慮によって、この迫害に耐え抜いた暁に教会の勝利を約束しておられたのであった。 ディオクレティアヌスは284年に即…

ローマ帝国の迫害とクリスチャン殉教者の信仰【前篇】

(執筆者:日本基督改革派南浦和教会牧師、日本基督神学校講師 泥谷逸郎師、情報源) われわれの祖国日本では現在、靖国神社を国家護持しようとする動きが盛んである。この動きに多少反対を試みたものとして、考えざるをえなくなる問題は、過去における日本…

はたして「文化」が、私たちクリスチャンのあり方を規定するのでしょうか?――初代教会クリスチャンの「文化」に対する姿勢

自ブログ「地の果てまで福音を」より再掲載 グラディエーター(剣闘士)、3世紀、キプロス 先日、私は、次のような記事を書きました。 そして、その中で、私はみなさんに、「はたして現代文化が、みことばに対する私たちの従順を規定するのでしょうか?それ…

イグナティオスのローマ人への手紙【AD2世紀前半、初代教会】第6章――死によって私はまことの命を得る

この世のどんなものも、そして地上にあるあらゆる王国も、私にとっては何も意味しない。地の果てに到るまで全世界を統治するよりもむしろ、私はイエス・キリストにあって死ぬことを望む。たとい全世界を手に入れても、自分自身のいのちを損じるのなら、そこ…

イグナティオスのローマ人への手紙【AD2世紀前半、初代教会】第5章――死の彼方を展望しつつ

それから、第1章、2章、3章、4章 第5章 死を望みつつ また、私はシリアからローマの全道程において、すでに陸上でも海上でも、日夜問わず、野獣たちとの闘いに置かれており、10匹の獰猛なヒョウ(つまり、兵卒たち)に束縛されています。 そして彼ら…

クリスチャンは苦難や死に対しどのような態度をとるべきか?――殉教者キプリアヌスの手紙【天国をめざして】②

①からの続きです。 またわたしたちは自分の思いではなく神の御心を行なうべきです。これは主が私たちに日々祈るよう指示している「主の祈り」に沿ったものです。「あなたのみこころが成りますように」と祈りながら、いざ主が私たちをこの世からお呼びになる…

クリスチャンは苦難や死に対しどのような態度をとるべきか?――殉教者キプリアヌスの手紙【3世紀、カルタゴ】①

キプリアヌス(引用元) 訳者はしがき 3世紀の半ば、非常に激しい疫病が北アフリカ全地域を襲い――クリスチャン、異邦人の違いに関わらず――、何千何万という人命が失われていきました。ある地域では、死者の数が生存者のそれを上回るほどでした。地獄のよう…