巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

2017-01-16から1日間の記事一覧

「神の義」と「人の義」――女性牧師問題に関しての個人的所感

ある人々は、女性牧師を認めないことは、周縁化(marginalized)され、疎んじられている弱者に対するある種の「差別行為」だと受け取っておられます。次のような声明文がそのことをよく表現しています。 「私たちは、イエス・キリストが差別されている人たち…

「新約記者は、夫と妻が互いに恭順し合うよう勧告しています(エペソ5:21)。ですから、夫にだけ特別なリーダーシップの役割というのは存在しないのです」という主張はどうでしょうか。【相互恭順説 反証③:hupotassoの意味について】

宗教改革期のファミリー・ライフ ②からの続きです。 Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chapter 6 回答5. この対等主義見解は、未だかつて実証されたことのない意味をギリシャ語に付与する事に依拠しています。 エペソ5:21「互…

「引きこもりのルター」と摂理史の必然

1522年に、マルティン・ルターがエラスムス版ギリシャ語新約聖書をドイツ語に翻訳したことは、キリスト教史における画期的大事件でした。それによってドイツの民衆が自国語の聖書を読めるようになっただけでなく、ルターの翻訳により、ドイツ語の標準形…

主人の御手(ハインリッヒ・スソー)

わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。(ピリピ1:21) 「わたしにとって、生きることはキリスト」。それなのに、 わが日々は、ただ労苦の連続。 朝起き、骨折りつつ道を歩き、そして再び床に横たわる。