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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

「聖書的」であることの意味について

「何かが『聖書的である』という時、それは一体どういう意味なのでしょう。私たちは『聖書的』という言葉を、記述的な意味(つまり、「聖書に見いだされるもの」)というよりも、「何を神様が望んでおられるか」という規範的な意味で使うことに慣れっこにな…

ユダヤ・キリスト教的な時間観について――時の螺旋(らせん)構造と歴史認識

時というものには、創造から終末に向かう「線分」という側面と、「円環」という側面があり、したがって聖書的な時間観というのは螺旋(らせん)的である、というとても興味深い記事を読みました。それをみなさんにも共有したいと思います。 以下、苫小牧福音…

イマージング運動――昔風のリベラリズム(by ボブ・デウェイ)【後篇】

〔前篇〕からの続きです。 本書中、もっとも神学的リベラリズムが顕著な例として挙げられるのが、サミール・セルマノヴィック(Samir Selmanovic)執筆による論文「包含性という甘美な問題――他者の中にわれわれの神を見い出す("The Sweet Problem of Inclus…

イマージング運動――昔風のリベラリズム(by ボブ・デウェイ)【前篇】

Doug Pagitt and Tony Jones, Emergent Manifesto of Hope, An (emersion: Emergent Village resources for communities of faith) Bob DeWaay, Emergent Old Fashioned Liberalism 最近、出版されたドーグ・パジット/トニー・ジョーンズ共編『希望のイマー…

神はわれわれの人知を超えた仕方で動かれる。(ウィリアム・クーパーの信仰詩)

神はわれわれの人知を超えた仕方で動かれ、 ご自身のみわざを成し遂げられる。 主はご自身の足跡を海の中に植え、 嵐の上を進まれる。 計り知れない鉱床の深淵にて、 けっして誤ることなき巧腕にて、 主はご自身の輝かしいご企図を護持され、 至上の聖意(so…

それでも歌鳥はうたう。(エミー・カーマイケルの信仰詩)

主よ、汝のしもべは、家になにも持っていません。 共用のオイル一杯でさえも。 なぜなら、冷酷で強硬な〈あの人〉が、 ――人が「苦痛」と呼ぶ、武装した〈あの人〉が、 繰り返し、繰り返し、私のまずしい家を襲い、 荒らし回るからです。

教会の性質と目的――「教会」と「イスラエル」について(by ウェイン・グルーデム)

Wayne Grudem, Systematic Theology, Chapter 44. The Church: Its Nature, Its Marks, and Its Purposes, p. 859-863 抄訳(小見出しはブログ管理人によるものです。) 教会とイスラエル(The Church and Israel) イスラエルと教会の関係について、福音主…

ローマ帝国の迫害とクリスチャン殉教者の信仰【後篇】

〔前篇〕からの続きです。 ディオクレティアヌス帝治下における迫害 さて、教会はローマ帝国による最後の大迫害に直面した。神は摂理的配慮によって、この迫害に耐え抜いた暁に教会の勝利を約束しておられたのであった。 ディオクレティアヌスは284年に即…

ローマ帝国の迫害とクリスチャン殉教者の信仰【前篇】

(執筆者:日本基督改革派南浦和教会牧師、日本基督神学校講師 泥谷逸郎師、情報源) われわれの祖国日本では現在、靖国神社を国家護持しようとする動きが盛んである。この動きに多少反対を試みたものとして、考えざるをえなくなる問題は、過去における日本…

現代に生きるツィンツェンドルフたち――神のvisionに捉えられた男性たちの苦闘と前進

ツィンツェンドルフ伯爵(1700 – 1760) 前に書いたモラヴィア兄弟団のアンナ・ニッチマンの伝記の中で、私はツィンツェンドルフ伯爵のことに少し触れました。 教会史上もっともユニークかつオリジナリティーと創意と善意に富む伝道者の一人であったツィンツ…

はたして「文化」が、私たちクリスチャンのあり方を規定するのでしょうか?――初代教会クリスチャンの「文化」に対する姿勢

自ブログ「地の果てまで福音を」より再掲載 グラディエーター(剣闘士)、3世紀、キプロス 先日、私は、次のような記事を書きました。 そして、その中で、私はみなさんに、「はたして現代文化が、みことばに対する私たちの従順を規定するのでしょうか?それ…

「イマージング・チャーチ・ムーブメントとは何ですか。そしてどのようにしたら私たちはその動きを識別することができるのでしょうか。」(by ジョン・マッカーサー&フィル・ジョンソン)【その4】

〔その3〕からの続きです。 会話 イマージングと「会話(conversation)」 フィル・ジョンソン:〔人々が各自、自分流の真理を持ちたく、しかもそういった自家製宗教に否定的な事を言ったりチャレンジしたりすることが《非寛容》であると斥けられる風潮の中…

スニオン岬にて――愛する同胞の救いを祈りつつ

昨日、ある難民の家族を連れ、夕日を見に、スニオン岬という所に行きました。この岬には海神ポセイドンを祀る神殿があり、観光スポットの一つにもなっています。 海を見ながら、難民のお母さんも二人の幼い子どもたちも、自分たちがボートで漂流した時どんな…

「イマージング・チャーチ・ムーブメントとは何ですか。そしてどのようにしたら私たちはその動きを識別することができるのでしょうか。」(by ジョン・マッカーサー&フィル・ジョンソン)【その3】

〔その1〕〔その2〕からの続きです。 フィル・ジョンソン:それから今ここで語られているポストモダニズムですが、これが一体何なのか、読者のみなさんに分かりやすく説明してくださいますか。秘義や不確かさの受容とか、、そういう事は先ほど少し伺いまし…

「イマージング・チャーチ・ムーブメントとは何ですか。そしてどのようにしたら私たちはその動きを識別することができるのでしょうか。」(by ジョン・マッカーサー&フィル・ジョンソン)【その2】

【その1】からのつづきです。 Seeker Sensitive Churches(「求道者にやさしい」教会) フィル・ジョンソン:教会史をみても、こういった「文化を聖別しよう」という発想は、各世代に存在していたように思われます。 つまり、教会の中の一角に、「この世の…

異教文化を「聖別」?――フラダンスを用いたキリスト礼拝のあり方をご一緒に考えてみましょう。【ゴスペルフラ/文化と宣教/イマージング運動検証】

先日の記事の中で、ある姉妹が、教会の主日礼拝で催されるゴスペルフラダンスのあり方に良心のつまずきを覚え、苦悶しておられる旨をみなさんに共有しました。 その後も私は、「元々異教女神に捧げられていたフラダンスをキリスト教礼拝の中に取り入れる」と…

「イマージング・チャーチ・ムーブメントとは何ですか。そしてどのようにしたら私たちはその動きを識別することができるのでしょうか。」(by ジョン・マッカーサー&フィル・ジョンソン)

What's So Dangerous About Emerging Church? (Grace to You) 読者からの質問:イマージング・チャーチ・ムーブメントとは何ですか。そしてどのようにしたら私たちはその動きを識別することができるのでしょうか。 John MacArthur ジョン・マッカーサー:ひ…

それでもあえて人が真理のために立つ時(by A・W・トーザー)

A.W. Tozer, Daring to stand for Truth(全訳) 神のこころに近づけば近づくほど、私たちは論争を好まなくなる。神の御胸に抱かれる平安のあまりの甘美さに、「ああ、できるものならたえずフルにその中にとどまっていたい」――そう願うのが人の自然の情とい…

宗教改革、ルネッサンス、そして全的人間(by フランシス・A・シェーファー)

宗教改革期の教会 Francis A. Schaeffer, Escape from Reasonより抄訳 ルネッサンスと宗教改革思想との間の相違は、多くの実際的結果を生みだした。例えば、ルネッサンスは女性たちを「解放」し「自由」にした。そしてそれは宗教改革とて同様である。――しか…

信仰と理性――キリスト教会に忍び寄るネオ・グノーシス主義を警戒しよう(by R・C・スプロール)

R.C. Sproul, Faith and Reason 現代のポストモダン文化にあって、私たちは古代グノーシス主義の驚くべき復興を目の当たりにしています。 古のグノーシス主義者たちがこの名で呼ばれていたのは、彼らが、「自分たちは、より優れた種類の知識(ギ:gnosis)を…

ブログ内の用語説明・定義――相補主義と対等主義について

相補主義(Complementarianism): 男性と女性は、本質的に同等な存在であると同時に、機能・役割において異なり、両者はお互いを補い合うために神によって造られたと捉えるキリスト教の立場。 男女は、「存在論的に同等、機能的に異なる存在(Ontologically…

ポスト近代と「セラピーの統治」(by アルバート・モーラー)

セラビーの統治(The Dominion of Therapy) 真理が否定された後には、セラピーが残る――。こうして決定的な問いが、「何が正しいのか?」から「何が私の気分を良くさせてくれるのか?」へと移行していきます。こういった文化的傾向は何世紀にも渡って発展し…

心理学エピデミックとその治療――「クリスチャン・カウンセリング」のあり方を問う(by ジョン・F・マッカーサー)

John F. MacArthur, Jr, The Psychology Epidemic and Its Cureより抄訳 今日使われている表現としての「キリスト教心理学」は、それ自体、矛盾語法(oxymoron)となっています。 心理学という語は、もはや心(精神)についての学を言及しておらず、根本的に…

ユング心理学がキリスト教会に与えている脅威について(by ドン・マツァット)【後篇】

【前篇】からのつづきです。 カール・ユングとMBTI性格テスト(Myers-Briggs Type Indicator)の相関性 神秘主義のための枠組み 「視覚化」に関するカール・ユングの教えは、インナーヒーリング運動だけでなく、キリスト教会内の心理学的神秘主義の蔓延のフレ…

ユング心理学がキリスト教会に与えている脅威について(by ドン・マツァット)【前篇】

The Intrusion of Psychology into Christian Theology: A three-part discussion of the threat that modern psychology poses to the Gospel of Jesus Christ, by Don Matzat より抄訳(here) (執筆者ドン・マツァット師は、聖書主義ルーテル派教団 The …

イグナティオスのローマ人への手紙【AD2世紀前半、初代教会】第6章――死によって私はまことの命を得る

この世のどんなものも、そして地上にあるあらゆる王国も、私にとっては何も意味しない。地の果てに到るまで全世界を統治するよりもむしろ、私はイエス・キリストにあって死ぬことを望む。たとい全世界を手に入れても、自分自身のいのちを損じるのなら、そこ…

自己凝視ではなく、キリストを見上げたい。

「自己を1回凝視する間に、キリストを10回見上げなさい。」ロバート・マクチェーン 民数記21:8,9 すると、主はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」 モーセ…

ラディカル・レズビアンからキリスト者へ――ロザリア・バターフィールド女史(元シラキューズ大英文科教授)の救いの証し

昨日、ロザリア姉妹のインタビューを聞き、その中で語られている彼女の力強く、真実な証しに感動しました。一人一人の人生の旅路において、主がどのように魂に介入し、ご自身を啓示してくださるのか、私たちはそのくすしき御業にただ賛美と感謝をささげるの…

キリストの愛の力(イサク・ワッツの信仰詩)

雅歌8:5-7、13、14 荒野から上って来る、 このひと――この苦悶のひとはだれでしょう? 悲しみと罪に押しつぶされ、 愛する主の胸に寄りかかっているひとは。 そうです。彼女はわれらが神、キリストの血潮によって 買い取られた花嫁です。 そして彼女…

用語の「ひとり歩き」に注意したい

少し前に、伝統教会系のカルト化した某団体からやっとの思いで脱出することのできたある姉妹から連絡をいただきました。 実際に中に入ってみなければ分からない内部の実態や魂を監督する「牧者」からのメンバーに対する巧妙な心理的操作などに、なにかホラー…

懐疑と絶望に苦しむ者への慰め――ウィリアム・クーパーの生涯と信仰詩

新生した信仰者が懐疑や不可知論の沼に陥ることはあるのでしょうか。他の人の心や思考のかたちは目に見えないので客観的なことは何も言えませんが、私個人に関して言えば、そうだと告白せざるを得ません。この状態に陥ると魂は、必死の抵抗にも関わらず、う…

キリストの栄光のからだ ③――見える一致への切望と努力(R・B・カイパー)

R・B・カイパー著、山崎順治訳『聖書の教会観―キリストの栄光のからだ―』より抜粋 The Glorious Body of Christ: The Ideal of Visible Unity, by R. B. Kuiper (1886-1966) 現実的理想主義 キリストの教会は、その内面的実在と同様に、理想的には外見的にも…

地上における礼拝――永遠なる聖徒の任務の序曲(A・P・ギブス)

礼拝は、「すべてのことにおいて、あなたが絶対的に第一の方であります」と神に正当な場所を与えるものです。また礼拝は、神に、その本質とみ業とのゆえに当然ささげまつるべき賛美とほまれと栄光をささげるものです。 「人間のおもな、最高の目的は、神の栄…

礼拝の基礎へ戻ろう!――規制原理(Regulative Principle)がもたらす自由と曇りのない良心

執筆者:ケビン・デヤング(Kevin DeYoung) 私は改革派教会で育ったのですが、他の多くのクリスチャンと同様、聖書学校に入るまで、「規制原理(Regulative Principle, 以下RP)」という言葉を一度も聞いたことがありませんでした。それは私のアイデンティ…

奉仕の働きの中で気落ちした時に――ピューリタンの祈り

変ることのないヤーウェなる神よ。 奉仕の働きの中で気落ちする時、 そして自分自身についてさえ疑心暗鬼に囚われてしまう時、 汝の永遠なる選びという岩の上に私を堅く立ててください。 そうすれば、わが両手は下がることなく、 自分に対しても、周りの人々…

イグナティオスのローマ人への手紙【AD2世紀前半、初代教会】第5章――死の彼方を展望しつつ

それから、第1章、2章、3章、4章 第5章 死を望みつつ また、私はシリアからローマの全道程において、すでに陸上でも海上でも、日夜問わず、野獣たちとの闘いに置かれており、10匹の獰猛なヒョウ(つまり、兵卒たち)に束縛されています。 そして彼ら…

真のジェントルマン――神の国のエートスに生きる男性たち

キリスト教界の中で近年特に、煙たがられ、胡散臭がられている地味な一角があるのを皆さんはご存知でしょうか。それは、相補主義の立場にたつ保守男性群です。

宗教改革の土台――礼拝における規制原理(Regulative Principle of Worship)について

礼拝の中における信仰の良心を守るべく、山中での集会を余儀なくされた英国の非国教徒たち。17世紀。(引用元) Greg Price, Foundation for Reformation: The Regulative Principle of Worshipより抄訳 キリスト教会は、これまで何百年に渡り、礼拝に関す…

キリスト教礼拝のあり方はそもそも誰が、何を基準に決めるのでしょうか。――私の探求

Puritan Worship(引用元) キリスト教礼拝のあり方はそもそも誰が決めるのでしょうか。神(ロゴス)でしょうか、それとも、人間でしょうか。そして何を基準にそれらは決定・是認・導入、あるいは拒絶されるのでしょうか。また、導入されたものが、信者の良…

キリストの栄光のからだ ②――その「一致」と「分離」(R・B・カイパー)

R・B・カイパー著、山崎順治訳『聖書の教会観―キリストの栄光のからだ―』より抜粋 The Glorious Body of Christ: Unity and Division by R. B. Kuiper (1886-1966) キリストの教会の霊的一致は、否定できない現実です。それは一つのからだ、すなわちキリスト…

キリストの栄光のからだ ①――その「一致」と「多様性」(R・B・カイパー)

R・B・カイパー著、山崎順治訳『聖書の教会観―キリストの栄光のからだ―』より抜粋 The Glorious Body of Christ: Unity and Diversity by R. B. Kuiper (1886-1966) R.B. Kuiper 数年前、ウェンデル・ウィルキーが「世界は一つ」と題するベスト・セラーとな…

「CCM賛美に問題があるのなら、ワーシップの部類は全てNGなのでしょうか?」というご質問を受けて。――礼拝賛美についての一考察

先日の記事に関し、親愛なる姉妹の方から、次のような真摯なご質問を受けました。 「私の母教会もワーシップによる賛美のみを歌っていたので、私は讃美歌を全く知らないのです。ワーシップは全て駄目なのでしょうか?ワーシップの部類は全てNGだと思われま…

神の怒り(The Wrath of God)とは何か?by A・W・トーザー

A.W. Tozer, The Wrath of God: What Is It? 全訳 人間の怒りというものに善なるものが含まれているケースはきわめて稀である。人間の怒りは清くない心の状態から生じるのがほとんど常であり、しばしそれは罵りや暴力につながっていく。癇癪持ちの人は気まぐ…

エルサレムに向かって(エミー・カーマイケルの信仰詩)

おお御父よ、助けてください。 愛する人々に心とらわれ、 私たちの貧弱な愛が、自らの選び取ったこの人生を 拒んでしまうことのないように。 そして、彼らを失ってしまうことや 痛みへの恐れから 永遠の報いを 忘れてしまうことのないように。

愚弄される「神の子イエス」と、敬われる「預言者イエス」

イスラム教徒の方々と接していて、「ああ、太刀打ちできない」と心に呻きを感じることが最近ますます多くなってきました。何に太刀打ちできないと感じているかといいますと、それは、聖なる神に対する彼らの真正なる恐れと畏敬の念に対してです。 私たちキリ…

摂理の暗闇(イサク・ワッツの信仰詩)

主よ、私たちは汝の壮大な御企図を慕っています。 摂理の薄暗い深淵を。 それはあまりに深く、死すべき詩では音を奏で得ず、 あまりに杳(よう)として、脆弱な感覚では見ることのできないものです。

中東福音宣教の今

先日の主日礼拝の時、私は通訳をしていた関係で、講壇の横から会場全体を見渡すことのできる場所に立っていました。絨毯をひいただけのだだっ広い床に、西洋人のクリスチャン(ボランティア、宣教師など)、そして中東からの真剣な求道者たちがぎっしり座り…

S兄の救いの証(イラク、20代前半)

私は、イラクのM市にあるスンニ派イスラム教家庭で生まれました。〔イスラム国に占拠される前までは〕M市には、イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒が共存しており、それぞれが、自分の信じる宗教こそ唯一の正しい宗教だと主張していました。私の小学校…

そこに存在する神ーーレスボス島の難民キャンプにて

トルコ沿岸にあるレスボス島には現在、3つのキャンプに5000人以上の難民が収容されています。キャンプ内の状態を一言で表現するのは難しいですが、カオス(混沌)と欠乏、軍と警察によるものものしい治安維持体制、先行きの分からぬ不安、極寒、不穏、不満 、…

汝の御顔のかがやきを私に見せてください(エミー・カーマイケルの信仰詩)

山や木々や小川の上に立ちこめていた 冷たい霧が 突然消え、 かがやく夢のように すべてを照らし出す栄光が そこを通っていく。