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巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

ディダケー(12使徒の遺訓:Διδαχή των Δώδεκα Αποστόλων)第1章 いのちの道①

ディダケー(十二使徒の遺訓、コイネーギリシア語: Διδαχή)は、「教え」を意味する、初期キリスト教の文書です。 十二使徒の教えと伝えられていますが、多くの学者によって1世紀後半から2世紀初頭に成立した文書と考えられています。(参照:ココ) ギリ…

美しいフランスとそこに息づく美しい人々

Head Covering Movementで共に翻訳の働きをしているフランスのカロリーヌが家の近くの写真を撮って送ってくれました。 目の覚めるようなブルーと若緑。彼女は、フランスの片田舎に居を構えているのですが、なんとそこはGPSにも探知されないくらい鄙(ひな)…

私がクリスチャンの教理論争史を愛しんでいる理由――Exclusive Psalmody Debateの事例から【キリスト礼拝の本質を考える】

私は、クリスチャンの教理論争史にとても興味があり、それらの文献を読むのが好きです。そして今日はみなさんに、私がなぜExclusive Psalmody Debate(礼拝時に詩篇歌だけを歌うべきか否かの論争)を愛しているのか、その理由をお分かち合いしたいと思います…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ最終回㉒「物理的な王国」「未来におけるユダヤ人信者たちの役割」「シンボルの深み」 (by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 追記―1993年 1987年の初版以来、私たちは、本書3章でみてきたような、修正ディスペンセーション主義そして…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ㉑ 「キリストにあるイスラエルの成就」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

いのち、そして有機体 Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 古典的ディスペンセーション主義を特徴づける中心的原則は、イスラエルと教会の「パラレルに…

巡礼者

好むと好まざるにかかわらず、人はさまざまな肩書や称号や名称を自分自身につけたり、他人につけられたりしながら生きています。みなさんにはどういう称号(title)がありますか? このブログのタイトルにもあるように、私は巡礼者(pilgrim)という称号をと…

奥まった森林を歩いていたら

親愛なる私の姉妹へ 奥まった森林を歩いていたら、上のような可憐な花をみつけました。 狭く、身動きのとれない場所にあなたはいます。 〈私には、移動の自由はありません。〉 細い根と、細い茎でやっと立っています。 〈だから乱暴な風さん、どうか私のとこ…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑳「ヘブル人への手紙12:22-24」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 前章にて私は、ディスペンセーション主義について話し合いをする上で、ヘブル人への手紙が最も重要な聖句テクストで…

ゴスペルフラ問題 Q&A+検証記事のご案内

ゴスペルフラ現象に関することですが、あるサイトで、この問題について真摯に取り組んだ末、ゴスペルフラを習うことにした方のコメントを拝見いたしました。この方のご見解と信仰に最大限の敬意を払いつつ、みなさんとご一緒に考えていけたらと思います。 イ…

公正さ(fairness)についての省察――隣人をより良く知り、より深く愛していくために。

ゴスペルフラ現象についての記事でお話しましたように、私は先日、アメリカ人の宣教師の方から、現代英語のredeem「贖う」は、(聖書的・狭義の用法だけでなく)もっと広義な意味合いでも使われる動詞でもあるということを教わりました。 翻訳者として、これ…

地と天(ピューリタンの祈り)

おお主よ、 かろうじて生き延びることができるほどの 小さな桶水にうごめく魚のように 私はこの地で生きています。 しかし天にあって、私は海洋で心ゆくまで泳ぐことでしょう。

キリストとアロン(イサク・ワッツの信仰詩)

イエス、汝の中にあって、 私たちの眼は アロンの子たちの壮麗な珠玉や磨かれた金に 幾千倍にまさる汝の栄光の輝きをみています。 彼らはまず自分自身の罪から清められるために、 全焼のささげ物を携えて来なければなりませんでした。 しかし汝の生は、一点…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑲「予型(よけい)について」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「ねえ、予型(よけい)ってナニ?」 「う~ん、そうだね。旧約聖書のいろんなところにイエスさまや教会のことがね、宝のようにちりばめられ、暗示されている。そういうかくされた宝のひとつひとつを予型っていうのかもしれない。」 「それじゃあ、聖書は、…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑱ 「旧約聖書のイスラエルにおける解釈学的見地」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 本章では、旧約への適用――特に旧約預言への適用――という点で、文法的・歴史的解釈がどのように進行していくのか、み…

ゴスペルフラ現象についてのさらなる考察と気づき

冒頭の記事を書いた後、いろいろな方ととても有益な意見交換をする機会が与えられました。私はみなさんからの尊いご指摘により、以下のような点に気づかされました。

「夏は、どんな服を着ればいいかな?」―クリスチャン女性とサマー服と隣人愛【再掲載+追記】

前半部分は自ブログ「地の果てまで福音を」からの再掲載です。また、この記事は主として女性のみなさんを対象としたメッセージであり分かち合いです。Thank you! さて、いよいよ夏がやってきますね。スイカがおいしい季節です。夏は暑いです。そして暑い時に…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑰ 「字義性についてのディスペンセーション主義者自身の説明に耳を傾ける。」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 〔訳者注:この章に出てくる用語(《最初に頭に浮かぶ型解釈》、《平べったい解釈》、《プレーン解釈》等)は、前章…

愛と憎しみ(イサク・ワッツの信仰詩)

さあ今、わが神のご慈愛、 激しい主の苦悩、最期の呻き、 瀕死の血潮により、 私は、わが魂に命じる。 わが同胞の聖徒を愛せよと。 喧騒、怒り、戦いよ、去れ。 嫉妬と悪意よ、永遠に消えよ。 苦々しい言葉が 平和の子であるわれわれ同胞の間で もはや発せら…

ちょっと息抜きに。。。Modest Jumper Dressの魅力について♡

先日、アメリカのお友だちから手作りのJumper Dressをプレゼントしてもらいました。サイズや型はだいたい下の写真のような感じですが、色はちょっと濃い目のブルー。そして小さなかわいらしい花模様がついています。 Lilies of the Fieldより

おお、十全性に満ち満ちた神!(ピューリタンの祈り)

おお、十全性に満ち満ちた神。 汝はご自身の力強い御言葉により、 万物を創造され、保っておられます。 やみは汝の隠れ家であり、 汝は風の翼に乗って飛びかけられます。 あらゆる国々は汝の前では無に等しく、 一世代興っては、また次の世代へと移り変わり、…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑯ 聖書の「字義的」解釈とは何でしょうか?【後篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Jam Session:〔特にジャズの〕ジャムセッション、即興の演奏会(情報源) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 【前篇】からのつづきです。 字義性を定義…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑮ 聖書の「字義的」解釈とは何でしょうか?【前篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 「字義的」解釈とは何でしょうか?(WHAT IS “LITERAL” INTERPRETATION?) それでは「字義的」聖書解釈についてご一…

あらゆる苦悩を喜びで和らげてくださる主を讃えます(ピューリタンの祈り)

偉大なるみいつの神、 私が享受しているあらゆる祝福、 望んでいるすべてのものの創始者であられる主よ。 汝は、私に次のことを教えてくださいました。 悪による現在の経験も、 昔犯した数々の罪の記憶も、 友からの戒めも、 御霊の力の働きにより 汝がご恩…

川の慰め――エミー・カーマイケルの信仰詩

時が時を数えつつ、二年という歳月が過ぎ、 人生の流れを共にした人が、 すべてを変える海の方へ 彼女の祖国へと急ぎながら 去っていった。 彼女は今も、私にとっての彼女自身でいてくれるのかしら? それは可能? 私の兄弟、私はあなたにとって、以前のまま…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑭ 「1コリント15:52の終わりのラッパについて」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 終わりのラッパ(THE LAST TRUMPET) 「字義的(“literal”)」解釈原則という極めて重要な課題に取り組む前に、いく…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑬ ディスペンセーション主義の朋友との対話のために(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大、新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) ディスペンセーション主義者との対話のために(STRATEGY FOR DIALOG WITH DISPENSATIONALISTS) ディスペンセーショ…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑫ いろいろな社会的要因(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) (訳者注:この章の中の小見出しは訳者によるものです。) 次に、ディスペンセーション主義のグループ内に存在する…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑪ 単純な反論ではほぼ不可能(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

調和 Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 単純な反論ではほぼ不可能(THE NEAR IMPOSSIBILITY OF SIMPLE REFUTATIONS) 「とにかくディスペンセーション…

春の芳香

かうかうと欅(けやき)芽ぶけり風の中 石田波郷 早朝、雨戸を開けると、薄暗くまだ少し肌寒い空気とともに、春の芽の芳香が舞い込んできて、部屋中をいっぱいに満たしました。 春を満身に感じます。平安時代の女流文人であった清少納言は、はっとした気づき…

主イエスよ、私は盲目です。汝が私の光となってください。(ピューリタンの祈り)

主イエスよ、 私は盲目です。汝が私の光となってください。 私は無知です。汝が私の知恵となってください。 私はかたくなです。汝が私の知性となってください。 汝の御霊の声をすばやく聞き取ることができるよう 私の耳を開いてください。 そして手招きして…

懐疑は消散し、霊的喜びが再び戻ってくる(イサク・ワッツの信仰詩)

悲しみよ、わが魂から立ち去れ、 そして喜びの内に我をうち置け。 わが舌は主の中で勝利し、 歓喜の声を挙げよう。 暗闇と懐疑がわが心を覆い、 わが頭は涙の中で溺死せんばかりだった。 しかしその時、至高の恵みが輝く光線と共に わが陰鬱な恐怖を追い出し…

女性とミニストリー

感謝なことに私の周りには、とても魅力的で情熱的で、そして信仰心に富むクリスチャンの女性たちがいます。そして日々、私は、彼女たちからの洞察や分かち合いを通し、良い刺激を受けています。 さて、コンプリメンタリアン(相補主義)という枠組みの中にい…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑩「千年王国と万物の成就を巡っての意見の一致と相違について」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 千年王国と万物の成就(THE MILLENNIUM AND THE CONSUMMATION) では、千年王国のことはどうでしょうか?私たちはこ…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑨「代表としてのかしら性」「キリストの十字架における二分法」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、――それというのも全人類が罪を犯したからです。」(ローマ5:12) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensatio…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑧ 契約主義神学の中でのいくつかの進展(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

「ねぇ、ぼくのヒヨコさん、各時代間における『有機的なつながり』ってなんだろね?」(情報源) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) それでは本章では…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑦ スコフィールド以後のいくつかの進展(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

『新スコフィールド・リファレンス・バイブル』(1967) Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) その後、いくつかの興味深い進展がディスペンセーション主義…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑥そのヴァリエーションと多様性(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

ヴァリエーション Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) ディスペンセーション主義のヴァリエーション(VARIATIONS OF DISPENSATIONALISM) ジョン・N・ダ…

私は自分が生涯の「修正」主義者であることを恥じない。

「これは往々に起こる事ですが――ある極端を離脱した人々が、その対極にあるもう一つの極端によって提示されるオールターナティブ(代替)を採用したという事情があると思われます。」 冒頭の引用文は、19世紀後半から20世紀初めにかけてアメリカでダービ…

すべての真理は神の真理である。(by R・C・スプロール)

R.C. Sproul, All Truth Is God’s Truth(全訳) 自分の思考や精神に、消えることのない深い印象を刻みつけた著書というのが数冊あるが、その中の一冊が、The Metaphysical Foundations of Modern Science(「現代科学の形而上学的基礎」)だった。 50年以…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ⑤ C・I・スコフィールドのディスペンセーション主義の特徴【後篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

C・I・スコフィールド Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) スコフィールドの聖書解釈(SCOFIELD’S HERMENEUTICS) ディスペンセーション主義者は、一般…

信仰の船出――カール・ヒルティの信仰詩

ついにこの世をあとに! この世の盃(さかずき)はこなごなに砕かれました。 岸をはなれた小舟のなかから 遠い岸辺が、薄明かりの中に見えます。 路なき海原に囲まれ、 これからは、ただ希望のみがわが財産です。

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ④ C・I・スコフィールドのディスペンセーション主義の特徴【前篇】(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次はココです。) 2.スコフィールドのディスペンセーション主義の特徴 では、ダービーの後、ディスペンセーション主義の教えには何…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ③ 用語定義・聖書の歴史的形態・ジョン・N・ダービーについて(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986, chapter 1 (目次はココです。) 「ディスペンセーション主義者」という用語について(THE TERM “DISPENSATIONALIST”) 「ディスペンセー…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ② 「ディスペンセーション主義者と非ディスペンセーション主義者が、互いの意見に耳を傾け合う」(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大 新約学)

Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists,Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986, chapter 1 (目次はココです。) これまでディスペンセーション主義の正誤を明かそうと多くの著述がなされてきました。そういった弁証・反…

他者理解/相互理解としてのディスペンセーション主義考究シリーズ① はじめに(by ヴェルン・ポイスレス/ウェストミンスター神学大学、新約学)

Vern Sheridan Poythress Vern Sheridan Poythress, Understanding Dispensationalists, Westminster Theological Seminary, PA, summer, 1986 (目次は、本記事の後半部分にあります。) 著者についての小さな伝記風スケッチ(Biographical Sketch) ヴェル…

主日礼拝とはまず第一に信者のための集まりです。(by R・C・スプロール)

牧者たちが羊を養う代わりに、道化師たちが娯楽でヤギを楽しませるような時代が、やがて教会に到来するだろう。――チャールズ・H・スポルジョン R.C. Sproul, Good Intentions Gone Badより抄訳(here) 「地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to…

なぜキリスト教会の要塞に破れがあるのか?――福音主義フェミニズム前進を支える二大同盟者たち(by ウェイン・グルーデム)

(自ブログ「地の果てまで福音を」より再掲載) Wayne Grudem, Evangelical Feminism and Biblical Truth, chap.14 ① 同盟者その1――世俗文化 対等主義(egalitarianism)は、キリスト教諸機関に影響力を及ぼそうとしていますが、その際、対等主義には、二人…

聖書の権威を放棄する秘かなる10の道すじについて(by D・A・カーソン)

D.A. Carson’s “Subtle Ways to Abandon the Authority of Scripture” (here) 訳者はしがき この記事は、2016年5月に、オハイオ州クリ―ヴランドでなされたD・A・カーソンの講義録です。要約筆記者は、ライアン・ウェルシュ氏です。 D.A.Carson この講義…

健全な教理の重要性(by A・W・トーザー)

(自ブログ「地の果てまで福音を」からの再掲載) A.W. Tozer, The Importance of Sound Doctrine(全訳) キリスト者生活の中において、どれほど健全な教えが重要かということについては、これを強調してもしすぎることはないと思う。もし私たちが「正しい…

異教文化を「聖別」?――ゴスぺルフラ現象の背後に潜む新神学および「土着の民の運動(Indigenous People’s Movement)」について【文化と宣教】

Gospel Hula (情報源) 先月、私は、フラダンスを用いたキリスト礼拝のあり方について次のような記事を書きました。 元々女神に捧げられていたハワイの異教ダンスを「聖別し」、「贖い(redeeming)」、伝道や礼拝のために「善用する」というこの新しい宣教…