巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

組織神学で使われている「術語」は、ほとんど常に一通り以上の定義づけが可能であり、各術語は、それを含む素性の中で「選択的」である。(by ヴェルン・ポイスレス)

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目次

  • 「術語」
  • 術語としての "faith"の例
  • 一つの錯覚
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今日の神学の状況(by ミラード・エリクソン)

目次(小見出しは管理人が任意に作成したものです。)

  • 今日の神学の状況
    • 神学の短命化
    • 偉大な神学学派自体の消滅
    • 神学的巨匠の不在
    • なぜ近年、組織神学に携わりにくい知的雰囲気が広がりつつあるのか?
    • 行動科学の影響の増大
    • グローバリゼーションの傾向
    • 時代を超えたキリスト教の真理形態に立ち返ることの重要性
    • 教理体系をある程度柔軟に保っておきたい
    • ある程度独立性を持ちつつ神学に携わることの大切さ

 

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聖書のどの語も、組織神学で使われている「術語」と100%イコールではない。(by ヴェルン・ポイスレス)

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目次

  • 聖書の中の言葉と「術語」
  • 実例①チャールズ・ホッジ
  • 実例②ヘリット・コルネーリス・ベルカウワー
  • 人間言語と神のご配慮
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なぜ聖書を真剣に学ぶ人々は、自分の使う言葉や用語について意識的になる必要があるのか?(by ヴェルン・ポイスレス)

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目次

  • 言語は、世界に対し100%透明というわけではない
  • ジェームズ・バーの挙げている6つの代表的誤謬
  • 実例①ルイス・ベルコフ
  • 実例②カール・バルト
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宗教言語にナショナリズムが結びつく時

目次

  • 「特別な」言語
  • 〈唐芋〉標準語
  • 国民国家形成と「言語」
  • 「聖なる」諸言語とナショナリズムが結びつく時

 

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人は聖書的男性像を「見る」ことによって変えられる

聖書的男性像(biblical manhood)というのは一体どのようなものなのでしょうか。それは現実に存在するものなのでしょうか。

 

百聞は一見にしかずということわざがありますが、確かに百回抽象的概念を聞くよりも、一度、その概念を具現化しているような実体なり人物を実際に「見る」ことの方がはるかに説得力があります。

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聖書ヘブライ語について(by ウィリアム・バリック)

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目次

  • ヘブライ語の性質と歴史
    • 1.セム語族(アフロ・アジア語族)の言語について
    • 2.セム語族の語派
    • 3.セム語族(アフロ・アジア語族)の図表
    • 4.その他のポイント
      • ヘブライ語発音の分類
    • 5.ラビ文学
      • ミドラーシュ
      • タルムード

 

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いかに読書すべきか(三木清)

目次(見出しは読みやすさを考え、管理人が任意に作成しました。)

  • 1.読書の習慣を作ることの大切さ     
  • 2.技術としての読書
  • 3.多読および濫読について
  • 4.専門を有すこと
  • 5.何を読むべきか
  • 6.古典について
  • 7.原典を読むことの大切さ
  • 8.原書を読むことについて
  • 9.発見的であること
  • 10.正しく読むことの大切さ
  • 11.急がず緩やかに読む
  • 12.繰り返し読む
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「まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず。」ーー墓の彼方を眺望しつつ詩篇16篇8-11節を歌う。

どのくらい前になるのかは分かりませんが、エジプト中部のベニ・スエフ(بني سويف)近郊の小さな町で世界最古の詩篇(歌)集(Psalter;詩篇、聖詠)が発見されたそうです(紀元4世紀)。ではその町のどこで発見されたのかというと、ある年若い娘さんのお墓の中だったそうです。そして娘さんの頭はその詩篇の上に横たえられていたとのことです。

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和らげられた風(by ジョン・マクダフ)

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John MacDuff, The Wind Tempered, 1879(抄訳)

 

「これこそが安息である。疲れた者に安息を与えよ。これこそ憩いの場だ。」(イザヤ28:12)

「主は東風の日に、ご自身の激しい風を抑えて〔restrains〕彼らを移しやられた。」(イザヤ27:8、英訳からの直訳

 

この箇所は、比喩的な意味で、焼けつく砂漠の強風に襲われ苦しんでいる人々をかくまう、避難所のような聖句です。

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