巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。

聖書解釈の原則――アナロジー・オブ・フェイス(=聖書は聖書によって解釈する)by R・C・スプロール

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プロテスタント宗教改革

 

R.C. Sproul, Knowing Scriptureより翻訳抜粋

 

宗教改革者たちがローマ教会と袂を分かち、聖書こそが教会の至高の権威であるという見解(Sola Scriptura)を主張したとき、彼らは聖書解釈上の基本原則について細心の注意を払いました。

 

そして、解釈におけるこういった主要原則は、「アナロジー・オブ・フェイス(信仰の類比)」と呼ばれていました。

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「字義的」それとも「文字通り」?――"Literal "という用語に関する本ブログの方針について(私の試験的な試みです)

 目次

  • 「字義的」それとも「文字通り」?
    • 追記です
  • 【参考資料1】ディスペンセーション主義は聖書を「字義的に」解釈する教えなのでしょうか。(by コリン・ピアソン)
  • 【参考資料2】"Literal" or "Literalistic"?,  How Do We Interpret Bible Prophecy? (「字義的」それとも「字義主義的」?いかにして聖書の預言を解釈したらいいのでしょうか?by Kim Riddlebarger)
    • How Do We Interpret Bible Prophecy?(いかにして聖書の預言を解釈したらいいのか?)
    • The Dispensational Hermeneutic(ディスペンセーション主義聖書解釈法)
    • The Historic Protestant Hermeneutic(歴史的プロテスタント聖書解釈法)
    • Literal or Literalistic Interpretation(字義的、それとも字義「主義」的解釈?)
  • 【参考資料3】An Ultra-Literalist Biblical Hermeneutic (ウルトラ字義主義聖書解釈 by Stephen Sizer)
    •  1. An Ultra-Literalist Biblical Hermeneutic(ウルトラ字義主義聖書解釈法)
    • 1.2  Contradictory Literalism(自己矛盾した字義主義)
    • The Jewish People Remain God’s ‘Chosen People’(ユダヤ人は神の「選民」としてとどまる――J・N・ダービー、スコフィールド、C・ライリー、L・シュペリー・シェイファー等の諸見解)
    • The Restoration to and Occupation of Eretz Israel(イスラエルの地の回復と占領)
    • Jerusalem, The Eternal and Exclusive Jewish Capital(エルサレムーー恒久にして排他的なユダヤ人の首都)
    • The Rebuilding of the Jewish Temple(ユダヤ神殿の再建――ダニエル9章26-27節のディスペンセーション主義的解釈)
    • Antipathy Toward Arabs and Palestinians(アラブ人やパレスティナ人に対する反感)
    • Anxious for Armageddon(アルマゲドンへの切望)
    • A Critique of Christian Zionist Theology(キリスト教シオニズム神学に対する批評)
    • 参考文献

 

 

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「字義的」それとも「文字通り」?

 

現在、"literal"の訳語である「字義的」「文字通り」という言葉をめぐり、福音主義界でかなりの混乱と意思疎通の行き違いが起こっています。

 

ある方々は、「"Literal"な解釈」というフレーズを文法的・歴史的解釈と同義語的に使っています。あるいはそういう風に使っていると認識しておられます。

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偉大なる神!汝はなんと無限なる方でしょう!(イサク・ワッツの信仰詩)

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偉大なる神!汝はなんと無限なる方でしょう!

そして私たちはなんと価値なき虫けらであることでしょう!

おお、あらゆる被造物が額ずき

汝に賛美を捧げんことを。

 

汝の御座は、海や星々が造られるはるか以前に

永遠より据えられていました。

汝はとこしえに生きておられる神であり、

汝の前にあってあらゆる国々は無きに等しいのです。

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Κοινωνία(交わり)について

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聖書のことばの世界は深く、広く、果てしなく拡がる海原のように思われます。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」(ヨハネ1:14a)。

 

私たちの神様はなぜ私たちに聖書をお与えになったのでしょうか。なぜ聖書はヘブル語やアラム語やギリシャ語という人間の言語で書かれているのでしょうか。そしてなぜ「翻訳」という人間の手によるプロセスを経た後にも、それは神のことばとして存在し続け、私たち日本人に、そして世界中の人々に救いの福音をもたらすことができているのでしょうか。

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「『牧会職は男性だけに限られます』『妻は夫に従え』というような今日的議論は、19世紀にクリスチャンが展開していた奴隷制擁護の議論とパラレル関係にありませんか?」という主張はどうでしょうか。

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日本福音同盟(JEA)のホームページの「女性委員会」のセクションに、世界福音同盟女性委員会出版 「性差によるのか、賜物によるのか」翻訳文と資料・考察という項があり、そこには、マリリン・B.・(リン)・スミス著 Gender Or Giftednessの日本語訳が全文掲載されています。

 

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その中の「参考資料①ディスカッションのためのノート」の欄には次のようなことが記載されています。

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「もしも、アダムに権威が与えられた理由が、『アダムがエバよりも先に造られたこと』に由来するのなら、動物が私たちを支配するということになりませんか?」という主張はどうでしょうか。


有名な対等主義の牧師であるグレッグ・ボイド師は、教会内における女性リーダーシップを推進する立場から次のような議論を展開しています。

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諸契約の成就者キリスト

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美しい北海道の自然、苫小牧(写真

 

諸契約の成就者キリスト

(苫小牧福音教会 水草修治師)

 

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女性の結婚指輪は、祈りのベールの代わりになり得る??

 

Can Wedding Rings Replace Head Covering?

 Jeremy Gardiner, Can Wedding Rings Replace Head Covering?

(執筆者:ジェレミー・ガーディナー)

 

目次

  • はじめに
  • 理由その1.結婚指輪は、1世紀にも存在していました。(Wedding rings were practiced in the first century too)
  • 理由その2.結婚指輪は特定のジェンダーに固有のものではありません(Wedding rings are not gender specific)
  • 理由その3.結婚指輪はクリスチャンでも、相補主義でもありません(Wedding rings are not Christian or Complementarian)
  • 理由その4.結婚指輪は男性の栄光を「覆って」いません。(Wedding rings do not “cover” the glory of man)
  • 理由その5.被り物は結婚のシンボルではありません。(Head covering is not a marriage symbol)
  • 結語

 

 

はじめに

被り物に関し「文化的解釈」を採っておられる方々から次のような意見がしばしば出されます。

 

「ベールというのは、現在の西洋文化においては何ら意味を持っていません。ですから私たち信仰者は、このシンボルを、より今日性を持つ別のなにかに置き換えることによって、原則を保持できるのではないかと思います。」

 

そして、その置き換え物として最も頻繁に提案されるのが、女性の結婚指輪です。

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諸文化を超えた恒常性について

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私たちクリスチャンが聖書を読む際に大切なことは、その中にまず永遠の真理および教理の本質を識別することであり、そしてそれらを表現している一時的な形式からそれらを区別することであるとミラード・J・エリクソン氏は述べています(『キリスト教神学』第1巻)。しかしながら、時にその区別はむずかしく、私は立ち往生してしまいます。

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ディダケー(12使徒の遺訓:Διδαχή των Δώδεκα Αποστόλων)第16章 終わりの時

ΙΣΤ'

1. Γρηγορεῖτε ὑπὲρ τῆς ζωῆς ὑμῶν·
οἱ λύχνοι ὑμῶν μὴ σβεσθήτωσαν,
καὶ αἱ ὀσφύες ὑμῶν μὴ ἐκλυέσθωσαν,
ἀλλὰ γίνεσθε ἕτοιμοι·
οὐ γὰρ οἴδατε τὴν ὥραν,
ἐν ᾗ ὁ Κύριος ἡμῶν ἔρχεται (Ματθ. 24, 42-44. Λουκ. 12,35).

あなたがたの人生の歩みによくよく注意していなさい。あなたがたの灯りが消えてしまうことのないよう、また、腰の帯を緩めることがないようにし、備えていなさい。

というのも、私たちの主が来られる時をあなたがたは知らないからである。

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